(本記事では、台湾鉄路管理局(Taiwan Railways Administration)は台湾の国有鉄道会社である台湾鉄路公司を指し、以下「TRA」と表記します)
ただの駅弁?
お弁当と聞いて、まず日本を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
それも決して間違いではありません。しかし台湾にも、国中で最も忙しい駅を舞台にした、独自の「駅弁の物語」が存在しています。
台北駅に立っている自分を想像してみてください。そこには、電車を利用する人だけが分かる独特の流れとリズムがあります。エレベーターは低く唸るような音を立て、列車は長年の習慣であるかのように、正確に到着し、そして発車していきます。改札からホームへ向かう途中、ふと目に入る見慣れた光景――台鐵便當(台湾鉄路の駅弁)が積み上げられているのです。
白いご飯に野菜、そして栄養のある主菜が詰められた、素朴なお弁当です。派手なパッケージも、大きな宣伝もありません。ただ淡々と並ぶ、頼もしい食事がそこにあるだけです。手頃な価格とバランスの取れた具材を目にし、深く考えることなく一つ手に取ります。特別なものではなく、ただの駅の食べ物――そう感じるかもしれません。
しかし、ここで一つ知っておきたい事実があります。台湾の鉄道弁当には長い歴史があります。もともとは長距離移動をする乗客の空腹を満たすために生まれたものでしたが、現在では観光土産というよりも、日常の通勤や修学旅行、家族旅行と結びついた存在となり、台湾の国民的な記憶の一部となっています。
もし、この何気なく食べている駅弁が、実はもっと大きな考え方を静かに映し出しているとしたら、どうでしょうか。国連の持続可能な開発目標(SDGs)や「地産地消」という理念を、一度も「サステナブル」と名乗ることなく体現しているとしたら。台湾では、サステナビリティのメッセージは必ずしもスローガンやキャッチコピーとして語られるわけではありません。それは、温かく見慣れたお弁当箱の中にそっと宿り、人々と都市の流れとともに、静かに運ばれていくのです。
「ただの駅の食べ物」以上の存在——台湾の鉄道弁当が本当に意味するもの
(台北駅の駅弁店/Chen、2019)
台湾では、お弁当は至るところで目にします。中国語では「便當(ビエンダン)」と呼ばれ、文字通り「手軽な食事」を意味します。台湾鉄路管理局(TRA)によって製造・販売されている台湾の駅弁は、もともと長距離移動をする乗客のために作られたものでしたが、現在では「移動」そのものを象徴する文化的アイコンへと進化しています。
価格は50〜100NTD(約250〜500円)と手頃で、多くの人々に親しまれています。現在では、台北、台中、高雄、花蓮、台東などの主要な駅に、TRAの駅弁販売店が設けられています。中でも台北駅は、地下鉄・高速鉄道・在来線が交差する統合型交通ハブの象徴的な存在です。鉄道弁当は、もはや記念品のような存在ではなく、地下鉄と同じように、台湾の人々の日常に溶け込んだ生活の一部となっています。
TRAの駅弁は、あえて「シンプル」に作られています。ご飯を土台に、旬の野菜、そして豚肉・鶏肉・魚・卵などのたんぱく源を添え、最後は素朴で馴染み深い台湾の味付けでまとめられています。この「複雑さのなさ」は偶然ではありません。濃厚なソースも過剰な装飾もなく、蓋を開けた瞬間に「見覚えのある味」だと感じられる食事なのです。
この工夫によって、駅弁は手頃な価格を保ちながら効率的に生産され、移動中でも気軽に食べられる存在となっています。それだけでなく、駅弁を「特別な日のための食事」ではなく、「日常的に食べられるもの」へと位置づけています。スピード感のある現代都市において、この日常性こそが、駅弁の持つエコロジカルな魅力なのです。
TRAの駅弁メニュー
見過ごされがちな地産地消——日常の中に隠れているもの
「地産地消」と聞くと、多くの人は農家直送のレストランや、郊外の小さな市場を思い浮かべるかもしれません。人で溢れ、騒がしく、スピード感に満ちた駅という空間は、まず想像に入らないでしょう。一見すると、この理想的なイメージと「駅弁」という存在は、まったく結びつかないように思えます。
しかし、構造という観点から見ると、この二つは驚くほどよく似ています。
台湾鉄路管理局(TRA)は、島全体を一か所の巨大な工場でまかなうのではなく、地域ごとの調理部門を通じて駅弁を生産しています。販売される場所の近くで弁当を製造し、地元の食材や資源を活用する仕組みです。食べ物は消費地の近くで調理され、それぞれの工程が独自の役割を担っています。その結果、輸送距離は短縮され、食の調理と地域の供給ネットワークとのつながりが保たれています。
メニューも決して一様ではありません。定番の駅弁は安心感のために常に用意されていますが、場所や旬の食材に応じて、季節限定や地域色のある内容がさりげなく登場します。長年発行されてきた『台湾パノラマ』誌では、台湾の文化や日常生活を紹介する中で、地域のアヒル料理や土地と深く結びついた食材を使った駅弁が取り上げられてきました。標準化された駅の食事でさえ、地域の味に影響を受けていることがうかがえます。
ここで、鉄道弁当は本当の輝きを放ち始めます。ただの美味しい食事にとどまらず、駅弁は台湾を巡る食の旅そのものとなり、食べられる台湾地図として機能します。一つひとつの弁当には、農家、調理場、駅、そして旅人を、何気ない「食べる」という行為を通して結びつける、地域に根ざしたサプライチェーンが凝縮されているのです。
鉄道ファンへ——思い出になる駅弁
もしかして、鉄道のファン?
台湾の駅弁文化は、「美味しさ」だけにとどまりません。鉄道ファンやコレクターにとっても楽しめる魅力が詰まっています。2025年に開催された「台湾鉄道弁当フェスティバル(Formosa Railroad Bento Festival)」では、台湾鉄路が陶器製の列車型弁当箱を発表し、昼食そのものを限定コレクターズアイテムへと昇華させました。この年に一度のイベントは、食文化とノスタルジーをやさしく結びつける場でもあります。
E500やR200列車をモチーフにした限定デザインの弁当箱には、A5ランク和牛や上質な海鮮をはじめ、新鮮な地元食材を使ったヘルシーなメニューが詰められており、通常の駅弁とはまた異なる選択肢を提供しています。
それは、台湾の駅弁が「食べ物」以上のものを運んでいるという、ささやかなメッセージでもあります。そこに詰まっているのは、味だけでなく、記憶や物語、そして鉄道文化への共通の愛情です。熱心な鉄道ファンであっても、食を愛する人であっても、あるいは少し風変わりな旅の発見が好きな人であっても――この特別な駅弁の記憶は、食べ終えた後もきっと心に残り続けるでしょう。
今後のイベントや新作リリースが気になる方は、ぜひ 台湾鉄道の駅弁フェスティバル公式Instagram もチェックしてみてください。
ここで見えてくるSDGsの視点
SDG目標12: つくる責任 つかう責任
一見すると目立たないかもしれませんが、実は台湾鉄路管理局(TRA)には、SDG12「つくる責任 つかう責任」に非常によく合致する取り組みが存在します。それが、デポジット制による再利用・循環型の弁当箱(中国語で「循環餐盒」)です。この仕組みでは、乗客が再利用可能な弁当箱を購入またはレンタルし、食後に指定の回収場所へ返却することで、洗浄・再利用が行われます。
現在一般的に見られる、温かい状態で提供される紙製や薄い木製の弁当容器とは異なり、台湾ではすでに1960〜70年代から、持続可能な食器の考え方が鉄道弁当に取り入れられてきました。当時は、台湾式弁当を入れていた金属製の容器を、使用後に販売者へ返却する仕組みが存在しており、今日の循環型システムの原型とも言える取り組みが行われていたのです。
SDG目標11: 住み続けられるまちづくりを
目にする機会は小さくとも、その影響は決して小さくありません。こうした駅弁が、台湾の鉄道や地下鉄ネットワークにおける、もう一つの魅力であると考えたことはあるでしょうか。日常的に購入されるこれらの弁当は、公共交通を含む持続可能な都市インフラの重要性と結びつき、SDG11「住み続けられるまちづくり」を支える一つの柱となっています。
台湾の公共交通は、効率性の高いシステムとしてしばしば評価されますが、駅構内で手頃な価格のローカルフードにアクセスできる点も、その持続可能性を支える要素の一つです。人々が公共交通を利用して都市を移動し、グローバルなファストフードチェーンに頼ることなく簡単な食事を取れる環境は、非常に実践的なレベルで都市生活の持続可能性を高めています。駅弁は都市と競合する存在ではなく、むしろ都市機能を補完する存在なのです。
SDG目標8: 働きがいも経済成長も
地域の調理センターで食事を準備する調理スタッフから、配送を調整する物流担当者、そして弁当を確実に旅行者へ届ける駅の販売員まで、鉄道弁当は日常的で安定した雇用のネットワークを支えています。この仕組みが、SDG8「働きがいも経済成長も」と特に強く結びついている理由は、その「継続性」にあります。
駅弁は、季節限定の流行商品や一時的なポップアップ企画ではなく、通勤や国内移動といった日常の需要に根ざした、長期的で安定した食の供給です。その安定性は、規則的な労働時間、技能を要する調理作業、そして公共交通エコシステムの中での継続的な雇用を支えています。生産を全面的に外注したり、短期労働に依存したりするのではなく、駅弁の仕組みは「食」を台湾の公共インフラの一部として組み込み、付随的な要素ではなく、必要不可欠なサービスとして位置づけています。
また、購入する季節や駅によって、旬の食材や地域特産品を反映した多様な組み合わせに出会える点も、駅弁の魅力の一つです。
なぜ駅弁はエシカル・ツーリズム(倫理的旅行)にとって重要なのか
エシカルツーリズムとは?
エシカルツーリズムとは、旅を楽しみながら、旅先の人や自然のことも大切にする新しい旅のスタイルです。ただ「行って・見て・楽しむ」だけでなく、「自分の旅が誰かの役に立つか?」を考える利他行動がポイントとなります。地元のお店で食事をしたり、文化や習慣をリスペクトしたり、自然にやさしい選択をしたりすることで、その土地の魅力を未来へとつなげることができます。ちょっとした心がけによって、旅はより楽しく、意味のあるものになります。
列車の旅と駅弁がつなぐ道
駅弁を楽しむことをきっかけに、台東まで列車の旅に出てみてはいかがでしょうか。台湾において鉄道は、陸上交通の中でもスピーディーな移動手段の一つです。それだけでなく、車窓から広がる山々や海の美しい景色が、駅弁を味わうひとときに、どこか懐かしい気持ちを添えてくれます。
駅弁は、観光客向けに演出された食の体験ではなく、地域の日常の中で作られ、地元の人々に向けて提供されてきた存在です。一方で、観光客向けに宣伝される「ローカルフード体験」の多くは、需要に応える過程で形式化され、演出が加えられていきます。そこには娯楽性や文化的意義もありますが、同時に、習慣の変化や価格の調整、「映える」ことを優先した表現が生まれることも少なくありません。
観光のためではない 、日常としての駅弁
これと対照的なのが、駅弁です。駅弁は、そもそも観光客を想定して作られたものではありません。通勤・通学客、家族連れ、長距離移動をする人々など、台湾の人々は何十年もの間、鉄道駅弁を日常の一部として親しんできました。旅行ブログやニュース、SNSに登場するよりもずっと前から、その存在は当たり前のものでした。
手頃な価格、見慣れたデザイン、そして派手さのなさによって、駅弁は安定した販売数を保っています。写真を撮るために立ち止まるのではなく、多くの地元の人々は、ただ食べて、次へと向かいます。
地域の日常に一歩入るという選択
この点は、エシカルツーリズムの観点から見ると、非常に重要です。旅行者が駅弁を選ぶという行為は、すでに存在している生活のシステムの中に、一時的に参加することを意味します。公共交通に組み込まれた食のネットワークに収益が還元され、価格は観光向けに不自然に吊り上げられることなく保たれ、サプライチェーンも地域の実需に基づいて成り立っています。
そのため、駅弁を選ぶことは、ささやかでありながら意味のある行動となります。ただ眺める側に回るのではなく、その中に関わることができるのです。台湾を「表現された体験」として消費するのではなく、日々実際に使われている都市の一部として、その瞬間を生きることができます。それは、展示用に切り取られた台湾ではなく、日常としての台湾を味わうことにほかなりません。
限界・トレードオフ・現実性
もちろん、駅弁ひとつにすべての持続可能性を託すのは論理の飛躍です。包装廃棄物の問題は依然として存在していますし、運営における効率性は不可欠であり、コスト面の制約が大きな改革を難しくしているのも事実です。多忙な鉄道ネットワークの中で食のシステムを維持していくには、環境理念と日常的な移動の現実との間でバランスを取ることが求められます。
しかし、持続可能性は必ずしも「完璧さ」から生まれるものではありません。それは、一般の人々が無理なく使い続けられる仕組みの中から育っていくものです。台湾の駅弁は、その点で静かに際立っています。人々に食生活や移動の仕方を大きく変えることを強いるのではなく、日常に自然と溶け込んでいること――それこそが最大の強みです。旅行者は利便性のために、通勤客は習慣として、家族は長旅の途中で分け合いながら駅弁を選びます。その親しみやすさこそが、長く愛され続けてきた理由なのです。
駅弁は、小さく継続的な行動が、時に大規模な取り組み以上の影響力を持ちうることを、静かに思い出させてくれる存在です。
持続可能な旅についての静かな学び
(台湾鉄路の台中駅・彰化駅・新竹駅および台湾高速鉄道の新烏日駅にある駅弁店で販売されている「饗味山海(Flavors of Mountains and Seas)」駅弁/Feng Yu撮影)
旅行者が地域の生産を支えるために、必ずしも特別な寄り道や綿密に計画された体験が必要なわけではありません。時にはそれは、列車と列車の合間の、ほんの短い時間の中で自然と起こります。
駅弁を選ぶという行為は、地域社会にすでに根づいている食の仕組みを支えるだけでなく、土地への理解をより深めるきっかけにもなります。地域ごとのメニューの違いに目を向けることで、その場所らしさが立ち上がってくるからです。日常の食文化が有名な観光名所と同じ敬意をもって受け止められるとき、旅は「消費するもの」から「関わるもの」へと変わっていきます。
台湾で、駅と駅のあいだに温かい駅弁を食べるという行為は、ささやかではありますが、確かな教訓を与えてくれます。それは、持続可能性の鍵は継続性にあるということです。倫理的な選択は、特別な決断としてではなく、日々の習慣に織り込まれたときにこそ、自然なものとして定着していくのです。
参考文献:
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邱家琳. (2025, June 5). 【攤位圖】限時 4 天!2025 台鐵便當節在北車登場、打造主題餐廳 造型陶瓷便當必吃、精釀啤酒免費試飲 — 上報. Upmedia.mg; 上報. こちらから
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